Project Story 2 日本初、量子ドットの
カドミウムフリー量産技術の開発

量子ドット

ミクロンからナノへの挑戦、
微粒子技術の世界を進化させていく。

佐々木 洋和

企画室開発企画グループ
グループリーダー

東京工業大学 理工学研究科 学術博士 2008年入社

2017年、昭栄化学工業はカドミウムフリー「量子ドット」を発表。
発端は、次世代の事業分野を新たに創り出そうというプロジェクトだった。
シリコンバレーでテーマを掘り起こし、北米に開発拠点を設け、
日米で開発を進めて、ついに量産化を実現。
4年にわたるプロジェクトの過程を、開発企画の熱きリーダーが伝える。

量子ドットのプロジェクトを立ち上げ、
市場と技術の新規開発を目指して。

量子ドットディスプレイが世界で初めて発表されたのは2013年。ただ、当時は有害なカドミウムを使っていたため、製品への展開は進まなかった。

「世の中のモノは大抵、光を吸収して他のエネルギーに変換する技術でできています。太陽電池は光を吸収して電気を流す。バイオは発光させて使う。センサーは光を吸収して電気信号にする。私たちが取り組んだ『量子ドット』は、光が関わるものすべてに使える可能性があり、最初に開発されたのがディスプレイでした。当社では、この量子ドットを日本で初めてカドミウムを使わない組成で量産できるようにしたんです。」

この「量子ドット」というテーマは、従来とは異なる分野で次世代の新規事業を立ち上げようというプロジェクトから生まれたものだったという。最初から「ナノ単位の粒子」を念頭に置き、新しい市場と技術の二つを同時に開発することを目指していた。

可能性を探すためにじっくり1年。
そして決断すれば最速で、一気に動く。

プロジェクトが始まったのは2011年。担当になった当時は入社4年目で「最初は何の手がかりもなかった」と語る。

「ただ可能性を探すためだけに、1年間動き続けようと決めました。シリコンバレーに行ったり、ベンチャー企業を何社も訪問したり……。その中で、ついに量子ドットを扱う企業を見つけたんです。」

そこからは早かった。帰国後、すぐに役員に報告して2週間後には役員たちとシリコンバレーへ。話はM&Aまで一気に進み、そのスピードとチャンスを逃さず即座に決断を下す経営陣に圧倒された。2012年のことだった。

アメリカで開発、日本で量産化を同時に模索。
若手からなるチームでリーダーを務める。

「2013年には、アメリカに量子ドットの研究所を作りました。日本と現地で人材を集め、開発を始めてから1年半ほどで要素技術を作り上げることができました。アメリカは研究開発に長けていますからね。同時に、日本ではチームを作って量産に向けて歩みを進めていました。量産の目途が立ってきたところで、世界に発信するために新聞発表を行ったんです。」

日本の量産チームは30歳前後の若い集団で、開発部の10人からなっていた。リーダーを務めたのは当時32歳だった彼。それは、若者のエネルギーと柔軟な発想力に賭けようという、経営陣の決断だった。当時を振り返って「当社は、そんなチャレンジングな会社でもあるんですよ」と笑う。

開発から財務、営業、広報まで。
やりたいと思えばいくらでもやれる環境。

「新聞発表の段取りもほとんど自分で行いました。紙面は大きな反響を呼び、掲載された当日から数多くの企業が接触してきました。」問い合わせへの対応で、目が回るような忙しさだったという。

「もともとは開発分野の人間だったんですが、今は開発から財務、営業、広報まで幅広く担当しています。まだまだ成長の途中ではありますが、事業とは何かということを、以前よりしっかり考えられるようになったと思います。この会社は、自分がやりたいと思えばいくらでもやれる。そう実感しています。」

北米の開発拠点となるSEMI(SHOEI ELECTRONIC MATERIALS, INC. R&D CENTER)、
オレゴン州コーバリス